英訳の間違い

 私は最初に英訳の方を読みました。

 そして、「なんだ! この筆者はとんでもない間違いをしている」と思いました。

 「さっそく、これを例にしてヘッドアップの解説を書こう」と思いました。

 でも、記事を見るとドイツ語の方が長いのです。

 「一応、ドイツ語も読んでみるか」と読んでみてびっくり。

 間違えていたのは、筆者ではなく英訳した翻訳者なのでした。


 私の翻訳した中に、以下の一節があります。

 上に述べたようなことに留意して体位をとると、褥瘡のリスクを減らすことができます。

 そして、患者さんも本当に座っているように感じられます(バザーレ・スティミュラチオーンを参照してください)。

 なぜなら、生理学的にも本当に座っているのですから(図5)。

 重さは仙骨ではなく、坐骨にかかります。
これが、英訳では以下のようになっています。

 Using the above-mentioned position reduces the risk of bedsores and conveys to the patient a feeling of really been seated (see basal stimulation), as physiologically they are really sitting(fig. 6) .

The weight is shifted not by the sacrum but the “seated” legs.

 坐骨ではなく、"seated" legs の上に座ることになっています。

 参照する図の番号を間違えているのは許せますが、この "seated" legs 許せません。

 seated legs は、「座らせられた下肢」という意味になります。

 座るように準備された下肢という意味でしょう。

 最後の英文は、「重さは仙骨ではなく、座らされた下肢にかかります」という意味になります。

 これはおかしい。


 座位では下肢の上には座りません。

 座位の特徴は、頭、胸郭、上肢の重さがすべて骨盤にかかることです。

 下肢には下肢の重さしかかかりません。

 「座位を座位として感じる」条件は、「重さが坐骨結節から支持面に流れること」です。

 多くのベッドメーカーの開発者が誤解しているのが、この点なのです。

 ギャッチアップをして、平気な顔をしているナースが理解していないのが、この点なのです。

 というわけで、「さらし者」にしようとしたのですが・・・

 ドイツ語の原著では、問題の箇所は以下の通りです。
 
Durch die oben beschriebene Lagerung kann dies verbessert, das Dekubitusrisiko reduziert und den Patienten dabei das tatsachliche Gefuhl von Sitzen vermittelt werden (siehe Basale Stimulation), weil sie wirklich physiologisch sitzen (Abb. 6).

Das Gewicht wird uber die Sitzbeine, nicht uber das Kreuzbein abgegeben.

 あれーってなもんです。

 "seated" legs は、Sitzbeine の英訳でした。

 Sitz はドイツ語で椅子のことです。

 Sitzen と書くと、「座る」という動詞です。

 そして、Beine は下肢の複数形です。

 それで、翻訳者は "seated" legs と英訳したのです。

 ところが、一語で Sitzbeine と書くと、「坐骨」のことなのです。


 あぐらをかいたまま前後左右に移動してみてください。

 坐骨結節を足のように使っているでしょう。

 というわけで、筆書は私と同じく

 「座ったときには、坐骨結節から重さが支持面に流れる

 そして、それを感じることが、
『自分は座っている』と感じる理由だ」

 と、言っているのです。


 ドイツ語で書いていることを補足しておきましょう。

 左の図1では、下肢を挙上して踵を除圧しているので、キネステティク的な下肢の「後面」である「伸側」が支持面についていません。

 多くの介助者や工学者はこのような「形」で足側へずり下がるのを防ごうとします。

 足側のベッド板を曲げて、膝を上げたりします。

 さらに、頭側の板を上にずれるようにしたりします。

 何か固い「もの」を安定させておくには良いアイデアでしょう。


 ところが、人間はやわらかい生き物なのです。

 結局、下肢の重さは矢印のように骨盤に流れ込んできます。

 頭をちょっと上げると、頭の重さは枕ではなく、胸郭に流れてきます。

 胸郭は、流れ込んできた頭の重さと胸郭自体の重さ、それに上肢の重さの一部を骨盤に流します。

 椅子にすわっていれば、これらの重さはすべて骨盤の坐骨結節から座面に流れます。

 しかし、ヘッドアップして、ふくらはぎを上げた、「根性なしの座位」では、坐骨で支えることができずに、仙骨から支持面に重さを流します。

 これでは、「座った感じ」もしませんし、縦縞の矢印で示したように、仙骨とマットレスが押し合って、褥瘡ができやすくなります。


 ここで、小さなクッションの出番です。

この小さなクッションは、少し堅めのクッションです。

 メーカーが売りまくっているふにゃふにゃのクッションや、時間がたつとグシャッとしている「根性のない」クッションは、使えません。

 自分の体で試してください。


 図5では、骨盤の後ろに小さなクッションを入れて、「骨盤を起こす」ようにしています。

 さらに、坐骨結節の下にも小さなクッションを入れています。 

 日本ならハンドタオルをたたんで入れた方がよいかもしれません。

 そうすると、骨盤が少し立ち上がり、坐骨結節からその下のクッションに重さが流れ、支持面に重さが流れます。

 図5に「重さ」と「力」を描き加えてみました。

 青い線が頭と胸郭と骨盤の重さの流れです。

 赤い矢印は「小さなクッション」が骨盤を押して支える力です。

 大切なことは、「小さなクッション」を、キネステティクで言うツナギに入れないで、「後面」に入れることです。

 自動車のランバーサポートのように、ウエストに入れると動きを妨げます。

 患者さん自身の「姿勢を保つ小さな動き」、「姿勢を変える小さな動き」、「呼吸に伴う小さな動き」を邪魔しないことです。

 私は自分で座ったり寝たりしているときの「感じ」から、上記のことを理解しました。

 しかし、2006年現在、日本の看護界では、わたしのような発言はありません。

 だから、私の感覚は他の人とは違うかもしれません。

 ただ、アウスガル・シューレンベルク氏の主張は、私の感じることと同じだと感じるのです。
 

 このように「小さなクッション」を適切なところに入れるには、患者さんの動きを上手に手伝わなければできません。

 ヘッドアップする前に患者さんの位置を変え、クッションを入れ、ヘッドアップの途中で必要を感じたら、体やクッションの位置を変更し、ヘッドアップの後で、各マスの支え具合、ツナギの自由さを確認し、マスやクッションの位置を修正することが必要です。

 患者さんに動いてもらって、その動きを感じて、分析して、手伝うことが必要です。

 「小さなクッション」を入れるときに、患者さんを「もの」のように扱っては、本末転倒です。

 この「小さなクッションをいれる」という考え方のもとには、それを可能にする「感覚」と「知識」と「技術」が必要なのです。

 それをキネステティク教育が担っています。

 ここに書いてあることを力学的に分析してボディメカニクスとして教育したら、「こころ」は失われてしまいます(でも、きっと、そうする人が出てくるでしょう)。

 なぜ、この英訳は坐骨を「座らせられた下肢」と誤解したのでしょう?

 ドイツ語の本文を読めば、シューレンベルク氏自身は、間違えていません。

 ですから、この英訳はシューレンベルク氏自身が書いたものではありません。

 この機関紙の発行元のベッドメーカーが翻訳したものです。

 つまり、ベッドメーカーの翻訳担当者も、機関紙の編集者も、キネステティク的な感覚、バザーレ・スティミュラチオン的な感覚を理解していないのです。

 これで納得です。

 このメーカーは、「微小循環を改善する素晴らしいベッド」を作っていると宣伝しているのですが残念です。

 ドイツでも、日本でも、ベッドメーカーはいつまでも、患者さんを機械的に「動かす」ことで、褥瘡を改善しようとしています。

 そのベッドの「動きの質」を評価できる感覚のない人が開発しても、良いものはできないと感じます。

 いままでに製品化されているベッドで、メーカーが言うほどに完全なものはありません。

 それらを推奨する看護学者や医師の「感覚」は、私の感覚とは違うようです。

 メーカーには、従来とは違う「接触と動きの感覚」を参考にして、開発していただきたいと思います。


 かつては、褥瘡学会の商品展示のところで、「こんなギャッチアップは人間的でない」とか、「ただ、名前が売れているという看護学者の協力したと言うだけで、人間の動きを理解していない」とか、さんざんメーカーに毒づいてきました。

 最近はあきらめて、商品展示もろくに見に行かないので、ひょっとしたら、良いものが開発されているかもしれません。

 みなさん、商品展示に行ったら、自分で寝てギャッチアップして試してみましょう(最後は、いい加減になってしまった)。
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