さて、アリストテレスのもう一つの「業績」について書かなければなりません。 実はそちらの方が、キネステティクにとっては大きな話なのです。 そして、コージブスキーの「一般意味 論」で批判されるもとです。 それはアリストテレスの「論理学」です。 アリストテレスは「言葉」について考えました。 ヴィコツキーの「内言」で言われるように、思 考をまとめるのに言葉が必要だからです。 そして、いろいろなものを証明するために、言葉を厳密に定義しました。 そして、言葉を使う上で、誰が考えても当然だろうということは、無条件で認めることにし ました。 そのような「証明する必要のない、明らかに自明な法則」を公理といいます。 アリストテレス論理学の三大公理は次の三つです。 「アリストテレスはアリストテレスである」、 「あらゆるものはアリストテレスであるか、アリストテレスでないかのどちらかである」、 「アリストテレスであり、同時にアリストテレスでないものは存在しない」。 すべて正しいでしょう? 当たり前のことが書かれています。 これらの公理を元にして、論理的な考えをしていくと3段論法ができます。 「AならばBである。 BならばCである。だから、AならばCである」という論法です。 |
||