4-2 「論理学」

 さて、アリストテレスのもう一つの「業績」について書かなければなりません。

 実はそちらの方が、キネステティクにとっては大きな話なのです。

 そして、コージブスキーの「一般意味 論」で批判されるもとです。

 それはアリストテレスの「論理学」です。

 アリストテレスは「言葉」について考えました。

 
ヴィコツキーの「内言」で言われるように、思 考をまとめるのに言葉が必要だからです。

 そして、いろいろなものを証明するために、言葉を厳密に定義しました。

 そして、言葉を使う上で、誰が考えても当然だろうということは、無条件で認めることにし ました。

 そのような「証明する必要のない、明らかに自明な法則」を公理といいます。

 アリストテレス論理学の三大公理は次の三つです。

1. AはAである (同一律) 2. あらゆるものはAであるかAでないかのどちらかである (排中律) 3. Aであり、同時にAでないものは存在しない (矛盾律)
 アリストテレスについて言えば、

「アリストテレスはアリストテレスである」、

「あらゆるものはアリストテレスであるか、アリストテレスでないかのどちらかである」、

「アリストテレスであり、同時にアリストテレスでないものは存在しない」。

 すべて正しいでしょう?

 当たり前のことが書かれています。

 これらの公理を元にして、論理的な考えをしていくと3段論法ができます。

 「AならばBである。 BならばCである。だから、AならばCである」という論法です。