リビドー

 アインシュタインは1905年に「特殊相対性理論」を発表し、1915−16年に「一般相対性理論」を発表しました。

 フロイトが「精神分析入門」を書いたのは1917年、「続精神分析入門」は1932年でした。

 1933年には、アインシュタインとともに、「なぜ、戦争か」を書いています。

 物理学者のアインシュタインと、その理論、「物質とエネルギーは同じ物の、2つの形態である」は、フロイトに大きな影響を与えています。

 フロイトは当時の物理学会を騒がしていた「エネルギー」の概念を精神分析に取り入れました。


 心は動く。

 心が動くためには、物理学的なエネルギーではなく、「心のエネルギーが存在する」と考えたのです。

 この「心のエネルギー」にリビドーという名前を付けました

 リビドー libido は、ラテン語で「欲望」のことです。

 日本語訳の「精神分析入門」では「欲動」と訳されています。

 これの実体はありません。

 想像上のエネルギーです。

 しかし、リビドーの存在を仮定すると、人間の行動について理解しやすくなるとフロイトは考えました。

 リビドーは人間の行動に無限の可能性を持っています。

 どんな行動にも、リビドーが必要で、リビドーが使われます。

 ものの動きにエネルギーが必要なように、心の動きにはリビドーが必要なのです。

 力、熱、光が違うもののように見えても、すべてがエネルギーの変化したものです。

 同じように、愛情、嫌悪、嫉妬という心の動きはすべてリビドーが解放されて表現されたものなのです。

 そして、リビドーという「心のエネルギー」を発電所のように作り出しているのが、エスなのです。



 この「心のエネルギー」の内容はわかりません。

 エスという名前を付けることもできないような混沌としたものの中にあるのです。

 外側から見ることはできません。

 フロイトは、「リビドーの根源の一つは性欲」だと考えました。

 そして、他のものは考えつきませんでした。



 これはフロイトが生きていた世界、オーストリアの社会構造に影響されています。

 オーストリアの上流階級は、当時教養として飾られていたドイツ観念論に染まっていました。

 「神の定めた道徳があり、それに従って生きることが良い生き方だ」という社会的な制約が庶民を苦しめていました。

 フロイトは、神経症の人々を診療していくうちに、性的抑制が症状を作っている症例が多いことに気づいたのです。

 フロイトが精神分析をした人の問題の多くは、同性愛、異常性交、性的コンプレックスでした。

 社会道徳がそれらを押さえつけていました。

 フロイトが扱った「異常」の中には、現代では「普通」または「偏り」と見なされる人々が多く見られます。

 社会の変化とともに、精神分析の重要性も変化してきています。

 リビドーを性欲そのもののように考えて、精神分析するのは現代社会には適合しないようです。
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