自己実現の欲求


 さて、ここで「自己実現の欲求」の原文を見てみましょう。

 下にわたしの翻訳と、出版されている「人間性の心理学」の翻訳を対比させました。

Self-actualization Need ~ "Even if all these needs are satisfied, we may still often (if not always) expect that a new discontent and restlessness will soon develop, unless the individual is doing what he or she, individually, is fitted for. Musicians must make music, artists must paint, poets must write if they are to be ultimately at peace with themselves. What humans can be, they must be. They must be true to their own nature. This need we may call self-actualization."

自己実現の欲求

 「たとえ、上に述べたような欲求がすべて満たされたとしても、自分自身に適したことをやっていなければ、いつもとは言わないまでも、しばしば、新たな不満が現れてきて落ち着かなくなるだろう

 心静かにしていられれば、音楽家は演奏するだろうし、画家は描くだろうし、詩人は詩を作るだろう

 自分がなれるものになるだろう

 人は自分の天性に素直に従うだろう

 この欲求は『自己実現の欲求』と言えるだろう。」
人間性の心理学(産能大学出版部)p72より

 これらの欲求がすべて満たされたとしても、人は、自分に適していることをしていないかぎり、すぐに(いつもではないにしても)新しい不満が生じ落ちつかなくなってくる

 自分自身、最高に平穏であろうとするなら、音楽家は音楽をつくり、美術家は絵を描き、詩人は詩を書いていなければならない

 人は、自分がなりうるものにならなけれぼならない

 人は、自分自身の本性に忠実でなけれぼならない

 このような欲求を、自己実現の欲求と呼ぶことができるであろう

 基本的欲求とはがらっと変わった表現です。

 may,can,mustという法助動詞が増えています。

 法助動詞というのは、事実ではないことを表現するのに使います。

 まず、はじめの may は expect にかかっていますから、「予想する」ということを、想像している表現です。

 「落ちつかなくなってくる」でも通じますが、事実ではなく、「思っている」ことです。

 if they are to be ultimately at peace with themselves.について「人間性の心理学」の訳はおかしいです。

 ここには「・・・であろうとするなら」と訳す理由がありません。

 ここは単なる現在です。

 このare to は文語表現で、口語ではcan になります。

 ですから、「まったく平穏であることが可能なら」という意味です。

 そして、3つの must があります。

 これを「・・・でなければならない」と翻訳したことが、大きな誤解のもとだと思います。

 must には、「きっと・・・だろう」という使い方があります。

 mustは、have to と違い、話している人の「考え」が入ります。

 ですから、"I have to go."は「(規則で決まっているから)行かなければならない」ですが、"I must go."は「(私は映画に行きたいと思っているから、間に合うように今)行かなくっちゃ」という意味で使われます。

 "You must be Tom."は、「きっと、君がトムでしょう(と思うんだけど)」という意味で使われます。

 "He must come here soon."なら、「彼はきっとすぐに来る(と思う)よ」か、「(俺はあいつが今、どこにいるか知っているから)すぐに、来るさ」です(ちょっと、極端かな)。


 基本的欲求については、マズローが成長していく人間を観察した結果、考えたことを示しています。

 基本的欲求については、「こうすべきだ」とは述べていません。

 「自己実現の欲求」も同じです。

 「自己実現の欲求は・・・でなければならない」ではなく、「自己実現の欲求は・・・というものだろう」というのが自然な流れです。

 人間性の心理学を主張したマズローが、強迫観念のように「・・・でなければならない」と言うのはおかしな話です。

 「人間性の心理学」の翻訳はマズローの主張に沿わないものです。

 ここは強迫神経症について書いているのではありません。

 マズローが「観察の結果」を元に、「きっと、こうだろう」というものを述べているところです。


 「自己実現しなければならない」というものではないのです。


 「人間性の心理学」の翻訳では、「自己実現」が誤解されると思います。