フェルデンクライスは、スポーツにも秀でていました。
ヨーロッパで最初に黒帯をとったのがフェルデンクライスです。
ヘブライ語とフランス語で柔道の本を書いています。
しかし、25歳の時、フェルデンクライスはサッカーで膝にひどいけがをしました。
医者は、「手術をすれば、治るかもしれないが、逆に今以上に悪くなるかもしれない」と言いました。
フェルデンクライスは手術によらず、自分で良くすることを考えました。
解剖学、生理学、神経学、力学に加えて、サイバネティクスを応用しました。
自分の「動き」を考え、痛みを生じさせずに、動かすことを考えました。
痛みが出ることは、組織に負担がかかることですから、回復させたいときには、避けるべきことです。
また、動かさなければ、筋肉も骨も関節もその機能を低下させることは、人をサイバネティクスシステムとしてみると、よく理解できます。
フェルデンクライスの膝は回復し、友人はその方法を聞きました。
フェルデンクライスは友人に教え、その後、フェルデンクライス・メソッドとして広めました。
現在では、世界中に3000人以上のプラクティショナー(指導者)がいます。
日本にもプラクティショナーがいます。
フェルデンクライスは、イスラエルで育ちました。
第二次世界大戦の時は、ナチスドイツから逃れ、フランスに行きました。
そのために、ドイツ人に対しては厳しかったと、フランクは言います。
また、いわゆるかんしゃく持ちで、チェインスモーカーでした。
朝起きて、たばこを吸い、食事を終えてたばこを吸い、レッスンの間は、吹いませんでしたが、レッスンが終わったらすぐにたばこに火を付けたと言います。
おやっ、ついフェルデンクライス本人のことを、書きすぎてしまいました。フェルデンクライス・メソッドに行きましょう。
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