アデレードは人やものごとをコントロールし、操ることが得意だと思い、自分で自分のしていることが分かっていると、思っていました。
しかし、飛行機や犬や声や耳について、考えていることと、実際にあることの違いに気づきました。
自分が「見ていた世界」には、「周りの世界」があること に気がつきました。 白い地に黒い文字が書かれている時は、白が「地」で黒が「図」になっています。
自分の見ようとしている世界が「図」で、そのまわりの世界が「地」になっています。
しかし、パールズは二極化した状況を設定することで、白と黒、「図」と「地」を逆転させます。
そのために、席を替えるという身体的状況まで使います。
心理 だけでなく、身体まで動員して、「図」と「地」を反転します。
こうすると、アデレードには、いつも見えていない「地」の世界が見えてきました。
ここでアデレードは「図」と「地」を交互に見て、全体の模様=ゲシュタ ルトを作りました。
そうして、「全体としての自分」
を認識することができました。
「全体としての自分」が分かれば、内在していた相反するものは、自分で作っていたと気づくかもしれません。
そうすれば、消えるかもしれません。
よしん ば、消えなくても、その存在を認めれば、今までとは変わるでしょう。
「全体としての自分」を見ないで、自分の作った「図」の世界だけを追い求めることが自分を苦しめているのかもしれません。
それに気づかせ、やめるきっか けを与えるのが、ゲシュタルト療法です。
アデレードは、最後に、テープレコーダの回る音、会場のざわめき、パールズの存在だけが、聞こえると感じました。
自分の感覚を取り戻して、父との過去で もなく、これからの30年という未来でもなく、「今、ここ
で」起こっていることに注意を向けることの大切さに気づいたのでした。
ゲシュタルト療法は、ゲシュタルトを感じさせて、「今、ここで」に気づかせます。
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