ちょっと、一般意味論の考え方を説明します。

 わたしの手元に一冊の本があります。

 タイトルは”Teaching General Semantics”、つまり「一般意味論の教育」です。

 1969年に”International Society for Genaral Semantics”「一般意味論国際学会」から出版されています。

 この本は、一般意味論そのものを解説したものではなく、一般意味論の教え方を解説したものです。

 その第一章が、”The Inference-Observation Confusion”「推理と観察の混同」です。

 まず、「無批判な推量についてのテスト」があります。

 そのあとに、短い脚本があります。その概略を説明しましょう。

 

 トム・スローンはエニス社の資材調達部長です。

 15人の部下がいます。最近とても忙しくなっています。

 しかし、さらに問題を抱え込もうとしていることは知りません。

 
秘書 スローン部長。総務部からファックスが来ています。

スローン どれっ、なにっ!資材調達部は、6月1日に、C棟のルーム20に移ること、ついては机の配置について、週末までに知らせろってさ。

秘書 いいかもしれませんわ。あっちのほうがこっちより新しいですから。

スローン いずれにせよ、この忙しいときに、引っ越しの準備だよ。


 場面は変わって、空っぽの新しい部屋。

 スローン(巻き尺を持ちながら) さて、結局、そんな大きな部屋を会社はくれなかったな。

 (部屋の机の配置図を見ながら) 問題は、このいまいましい柱だ。

 こいつで部屋が区切られてしまう。 

 全員を柱のこっち側に座らせることもできるけど、そんなことしたら、みんな息苦しくなって、怒りまくるだろうな・・・。

 そうだ!、狭い方にこうして、机を3つ置くといいな。

 ジェインとエレンは工場に移ることになっているから、こっちで良し。

 もう一人は、・・・。

 ラルフ?いやいや、彼はナンバー1だから、大勢のほうに置きたいな。

 それに、わたしがいないときに指揮を執らなきゃならないからな。

 ジョン・パトリック?そうだ、ジョンはみんなより年長だし、コツも心得ているし、ジェインやエレンともうまくやれるだろう。

 そうしよう。ジェインとエレンもジョンのことを、そんなにいやがることもないだろうし。

 きーめた。


 翌日

スローン (朝の部会で) みなさん、聞いてください。

 今週末にこの部はC棟に移ります。これが新しい部屋での机の配置図です。

(全員が集まり、配置図を見る。ジョンは腑に落ちない顔をしている。

 ジョンはエニス社に26年間努めて、49歳になっている。

 物静かで、引っ込み思案だが、協調性のある良識的な人間である。)


 引っ越しして、3日後。全員、机の新しい配置に慣れて、満足している、・・・ジョン以外は。

ジョン(みんなに背を向けて、壁に向かってつぶやく) 部長は何を考えているのだろう?

 部長には好かれていると思ったのだが・・・。

 ジェインもエレンも、2週間後には異動になってしまう。

 そうなれば、わたしはここでひとりぼっちだ。

(じつは、3週間前に職場の住所録が発行された。

 この住所録はちょっとした格付けのようなものである。

 事務職と職長以上が載せられるが、工員は載せられない。

 今回の住所録にはジョンの名前は載っていない。

 ジョンは偶然のミスだと思っていた。)

ジョン ひょっとしたら、部長は住所録の担当者に、わたしの名前を載せなくて良いと言ったのかもしれない?

 そんな馬鹿な!でも、26年働いた人間を追い出そうというなら、卑劣だが効果的なやり方だ。

(このようにして、終業時間の5時までに、ジョンは「自分はもう追い払われる人間だ」という考えに確信を持つようになるでしょう。)

 ところが、問題はジョンだけではありません。

ラルフ・ミッシェル なんで、ジョン・パトリックがあそこで、部長代理のようにして、女性二人を従えていなければならないんだ。

 わたしが正式な部長代理じゃないか。

 スローン部長は何を考えているのか・・・!?


スローン やあ、アーリーン。どうかな、新しい部屋は?

秘書 すてきですわ。部長。

スローン そうだろ、みんなもそう思っているよね、きっと。

 さて、仕事しようか。その書類をランドルフ社に出しておいてくれるかい。


 トム・スローンの悲劇は始まったばかりです。ちょっと考えてみましょう。

 1. なぜ、部長のトム・スローンは、机の配置について、ジョンとラルフに説明しなかったのでしょう?

 2. なぜ、ジョンとラルフは上のように考えたり感じたりしたのでしょう?

   なぜ、トムに尋ねてみなかったのでしょう?

 3. トムはどのようにすると良かったのでしょうか?

   そうすると、どんなことが起きたでしょう?

 4. 今、トム・スローンはどうすればよいのでしょう?


 この質問に答えることによって、一般意味論的な思考方法に気づくようになっています。

 さて、あなたは上の質問に答えられますか?


 この章のタイトルが、「推理と観察の混同」であることに気づいているでしょう。

 上のストーリーの中で、推理と観察を区別すると、実際に起こっていることをもとに判断をできるようになります。

 トムは、ジョンとラルフには説明しなくても、机の配置の意味がわかると推量したのです。

 ジョンは机の配置からトムが自分を追い出そうとしていると推量したのです。

 ラルフは机の配置から、自分よりもジョンのほうをスローンが重く見ていると推量したのです。

 でも実際に観察したことは、机の新しい配置だけです。


 推量と観察を混同したことが、不幸のもとです。

 誤解しないでください。

 推量が悪いのではありません。

 人間は観察に基づき、経験の引き出しから、知識を持ち出し、照らし合わせてその意味を推量して反応します。

 観察に適合した推量をすれば、上手に対処できるでしょう。ですから、推量自体は悪くありません。

 もし、みんなが「自分は推量している」ということに気づいていれば、問題は早い時期に解決できるでしょう。問題は大きくならないでしょう。

 問題は、「自分が推量している」ことに気づかないことにあります。

 推量していることを「事実そのものだ」と思いこむことにあります。