体験談

 実は、この「膝の余裕」に気づいたのは、ロルフィングを受けてからでした。

 私はかつて、東京に行って一日歩いていると、ふくらはぎがパンパンになっていました。

 ホテルに戻り、マッサージを頼んでもんでもらったりしました。

 痛いところを強くもまれて、さらに痛くされてお金を払うという馬鹿なことをしていました。

 褥瘡学会で横浜に行ったときに、つまらない学会をさぼってロルフィングスペース代官山に行きました。

 ロルファーの平田さんに歩き方のチェックを受け、「ヒカガミ(膝の裏)が伸びているのに骨盤の動きが悪いですね」といわれました。

 セッションにはいると、「中斜角筋が縮んでいますね」と言われて伸ばされました。

 その後、歩き方をチェックすると、「ああ、ふくらはぎが伸びた!」と感じました。


 中斜角筋は首の前側の深部にある筋肉です。

 2番目から7番目の頸椎の横突起と第1肋骨をつないでいます。

 中斜角筋は第1肋骨を引き上げたり、頸椎を前に傾けたりします。

 ふくらはぎは腓腹筋という下腿の裏側にある筋肉です。

 この2つの筋肉に関係があるなんて、気がつきませんでした。

 中斜角筋が緊張して、首を前に引っ張り、その頸椎の彎曲の変化が胸椎・腰椎の彎曲、そして骨盤の前傾に影響し、ハムストリングから腓腹筋に緊張を伝えたのかもしれません。

 また、逆に歩くことが腓腹筋から中斜角筋に影響したのかもしれません。



 その後、平田さんに紹介されて、Anatomy Trains という本を読んでみました。

 足底の筋肉、腓腹筋、ハムストリング、仙結節靱帯(仙骨と坐骨結節をつないでいる靱帯)、脊柱起立筋、帽状腱膜というつながりを Superficial Back Line(SBL)  と名付けていました。

 「なるほどね!」と思いました。

 右のイラストのように、中斜角筋がSBLを介して、膝を伸びし、腓腹筋を疲れさせていたのかもしれません。

 Anatomy Trains では、人間を「全体として働くシステム」と見ています。

 筋膜の連続性から、連絡しあっている筋肉の機能を探っています。

 Anatomy Trainsの著者のThomas W.Myers は「Anatomy Trains が絶対だとは言わない。しかし、役立つ」と書いています。

 理論は実践から抽象化したものです。

 Anatomy Trainsでは、人間の体を鉄道と駅にたとえています。
 
 これだけで、体をすべて説明できるはずはありません。

 しかし、鉄道の「たとえ」を用いることで理解しやすくできます。

 Myers はそういうことを理解しています。



 今の医学の中で求められるいわゆる「科学性」はアリストテレスの時代の古い考え方に支配されています。

 全体やシステム、インタラクションという新しい考え方を認めれば、もっと実践を重視して、自分の感覚で人生を楽しめます。


 わたしは歩いているときに、「常に前に行こう」と思うことで、膝を過伸展させていることに気づきました。

 「前に行こう」とせずに、「膝は楽に動く」ことを認めることにしました。

 そして、今は東京に行って1日歩き回っても、マッサージを頼むという愚かなことはしなくなりました。

 注意

 ここに書いたことは、個人的な体験の例です。

 けっして、このように考えることが正しいということではありません。

 すべての理論は、自分の体や周囲で起こっている現象を言葉で解釈可能にするためのツール(道具)です。

 上手な工作は様々な道具を使って作られます。

 おなじように、上手に体を使うためにはいろいろな理論を使えます。

 自分が今どのようなツールを使って、考えているかを知っていることが基本です。

 いつでも共通して、大切なのは「感じること」を認めることです(こればっかり書いている)。

 ロルフィングを含めいわゆるボディワークは、体を通して気づくことを学習する機会を提供してくれます。

 肩や背中が苦しいから治してもらいに行くというのもよいですが、「自分の忘れているかもしれないものを気づくチャンスを得に行く」というのも実り多いものがあります。

 「癒される」より「自ら癒えることを学習に行く」ほうが楽しいです。