これは違うと思うValid HTML 4.01!
 「秘密の小窓」は、サイバネティクスとシステム理論から、全体論、実存主義、ゲシュタルト療法と広がっています。

 なんでも、貪欲に取り込んでいるように見えますが、境界があります。


 境界を作るキーワードは「解釈」です。

 わたしが学習する中で受け入れやすかったものは、センサリーアウェアネス、アレクサンダー・テクニーク、フェルデンクライス・メソッド、キネステティク、ゲシュタルト療法、論理情動行動療法(REBT)です。

 これらに共通する特徴があります。

 「解釈しないこと」です。

 これらのワークや療法は「解釈」をしません。

 解釈しないもの

 センサリー・アウェアネスは典型的です。

 教師は何の解釈もしません。

 「これはこうなのです」とは言いません。

 そのような解釈を生徒がすることにも、賛成しません。

 「解釈してはいけません」とも言いません。


 アレクサンダー・テクニークは、名前の通りに「テクニーク」です。

 そこに知識や思考は不要です。

 単に自分のしていること、自分が受けていることを感じて、それにあった行動をする技術を習得することをサポートされます。

 あなたは何かを求められることはなく、ワークの中で自分のペースで学習をするだけです。

 問題は、アメリカでは代替医療として保険給付の対象になっていることです。

 アレクサンダー・テクニークは「学習」ですから、医療行為として行なうのは誤解を招きます。

 インチキ治療法として糾弾する人々が存在します。



 フェルデンクライス・メソッドは名前の通りに「メソッド=方法」です。

 自分のしていること、自分が邪魔していることに気づき、行動をなめらかにする方法を提供されます。

 「このように感じなさい」と強制されることはありません。

 あなたは自分の感じることをもとに行動することを学習するチャンスと場所を提供されます。


 キネステティクは「接触と動き」でコミュニケーションしていることに気づくチャンスを与えます

 「気づき」のためのツールとして「6つの概念」があります。

 この「6つの概念」は入門用に有効です。

 動きに困ったり、人の動きを助けるために動きを分析するのに役立ちます。

 ただし、この「6つの概念」を言葉だけで理解するとたちまちトラブルになります。

 相手の動きを「分析」するツールですが、動きを「解釈」することはできません。

 動きの意味を解釈するのは、キネステティクではなく、あなたの世界観になります。


 ゲシュタルト療法のパールズは、精神分析を学びました。

 しかし、他人を分析することはできないと感じ、「解釈しない」ことにしました。

 クライエント自身に自分のしていることを気づかせて、クライエントに変化を起こしますが、「なぜか」という解釈はしません。


 論理情動行動療法は情動が行動の原エネルギーであると考えます。

 ここにフロイト流の考え方が入るので、「解釈」しているように見えます。

 しかし基本は、「論理的に思考し、行動し、その結果から自分の望む方向への修正を図る」というフィードバックです。

 この考え方により、「解釈」の害を免れることができます。

 REBTのエリスは、「こうしなさい」と言わずに、「こうすることができます」という表現をするのは、「解釈」の弊害を避けるためです。


 現実を「解釈」して、理論を作るもの

 現実をそのまま受け入れるのではなく、「解釈」して理論にするものがあります。

 たとえば、痛いところに手を当てられると楽になります。

 「あーっ、気持ちよい」と思ったときに「解釈」するのです。

 このときに、いろいろな「解釈」が可能です。

 ・ 手を当てられた人の体の中の自然治癒力が、手を当てられた刺激に反応して活性化された
 ・ 手を当てた人の生体エネルギーが手を通して、クライエントの体に入った。
 ・ 手を当てた瞬間に、がそのことを喜び、二人に祝福を与えた。
 ・ 手を当てたとたんに、二人の「」が一つになり、新しいエネルギーを得た。
 ・ 手を当てたことで宇宙のエネルギーが、ヒーラーの体から手を通って、クライエントの体に流れた。
 ・ 手を当てた人の持っている霊力により、クライエントの体内の「悪霊」が浄化された。

 それぞれの「解釈」で現実を説明できます。

 なぜならば、現実を説明できるように「解釈している」からです。

 「解釈」は現実に起こっていることに、「別の名前を付けること」です。

 例に挙げた「解釈」は何も明らかにしていません

 起こったことを、「自然治癒力」「生体エネルギー」「神」「心」「新しいエネルギー」「宇宙のエネルギー」「霊力」「悪霊」という別の言葉に置き換えているだけです。

 単に「手を当てたら楽になることがあります」という範囲を超えていません。

 解釈により現実は変わりません。

 しかし、「解釈」は、受け取る人の中にイメージを作ります。

 そのイメージは、受け取る人の経験により変わります。

 ですから、「解釈」すると、必ず誤解が生じます。

 センサリー・アウェアネスなどでは、「解釈」をしないのは賢いことなのです。

 「解釈」は話し手の経験というフィルターを通して、現実を表現しています。

 ですから、話し手と共通の現実を体験しているときには、「現実」を素直に感じれば、話し手のフィルターを理解できます。

 たとえば、わたしの中でロルフィングは「現実を解釈している」部類に入ります。

 ですから、ロルフィングのセッションを受けながら、ロルフィングの解釈を聞き、その言葉の意味は、今体験していることだと理解します。

 青い紙を見せられて、「これが赤です」と言われたときに、「違う」と言い張るのではなく、「この人は、この色を『赤』と表現するのだ」と理解すればよいのです。

 普段の自分の用語集ではない、辞書を新たに作るのです。

 このへんは、一般意味論の応用です。

 このようにすると、「言葉」によるトラブルを避けて、「今、ここ」で起こっていることを感じ、理解することができます。

 いろいろなワークで、違うものに同じ名前を付け、同じものに違う名前を付けているのが混乱のもとですが、これは仕方のないことです。


 現実を解釈して理論をつくるものの代表は「医学」です。

 医学は現代の世の中で人間に役立つと見なされています。

 ですから、医学の中の「解釈すること」までのすべてを否定はしません。

 ただ、医学であろうとも、そうでなかろうとも、なにかを「解釈して語る」時には、細心の注意が必要です。

 医学をまねて、同じ言葉で違うものを表現する体系があります。


 ロルフィングでは、「筋膜」という言葉は医学用語と違うものをさしています。

 ロルフィングでは、生体を解剖して筋膜の変化を追うことはしません。

 そんなことをしたら、違法行為で訴えられますから。

 体の外側から動かしてみて、感じられた変化について、「筋膜が伸びた」という表現をします。

 それはそれでよいことです。

 ある手技を受けて、筋肉の緊張がゆるみ動きが改善するという体験に、「筋膜が伸びた」という表現を与えているのです。

 そして、体のいろいろなところで「筋膜を伸ばす」ようにした結果、全体の動きが改善するのも事実です。

 これを「用語が違うからロルフィングはインチキだ」と言うのは、現実を離れた発言です。

 現実は「ロルフィングの用語は、医学と全く同じなのではない」ということです。


 このように「解釈」が違うために、医学科学教育を受けたものが理解しづらいものに神秘主義があります。

 「神秘主義」という言葉自体が、真っ向から医学を否定しているようです。

 でも、「言葉の違いが現実を誤解するもとかもしれない」と気づくと、理解しやすくなります。

 同じものを違う言葉で表現しているかもしれません。

 G.I.グルジェフのグルジェフ・ワークやウスペンスキーの「第四の道」が、これになります。
ちょっと違うもの
神秘主義
為すこと・すること・起こること


 クラニオセイクラル・バランシングでは、「脳脊髄液の流れ」を重視します。

 しかし、医学的な分析では、クラニオセイクラル・バランシングの言うような流れは観察されません。

 クラニオセイクラルの創始者のサザランドはオステオパシーのドクターでした。

 1900年代にサザランドは頭蓋骨が動いていることを発見しました。

 そして、1970年代にアプレジャーとカルニが、脳脊髄液の流れにより頭蓋骨が動いていることを証明したと言います。

 現代の医学ではこどもの頭蓋骨は動きますが、成人の頭蓋骨は目に見えるほどには動かないと見られています。

 頭蓋の骨はお互いが絡み合うように縫合されているからです。

 サザランドは「動いていると感じた」のかもしれません。

 アプレジャーとカルニは、頭蓋骨の動きを脳脊髄液によると解釈したのかもしれません。

 アプレジャーとカルニの発見を証明するような報告は、医学者の間から出ていないのです。

 クラニオセイクラル・バランシングを教える人は、そのことを疑問に思いません。

 物事は反対側から見ることもできます。

 クラニオセイクラル・バランシングではロング・タイド、ミッド・タイドという長中期の動きがあると言います。

 確かに人間の脊柱は呼吸を楽にするために、彎曲を変化させて伸びたり縮んだりできます。

 センサリー・アウェアネスなどでも感じることができます。

 しか、このような動きを感じている医者はほとんどいません。

 急いで速く動くことを教育されるからかもしれません。

 このように、医学もクラニオセイクラル・バランシングも体を対象にしながらお互いを理解できません。

 わたしの体験からは、「解釈をしないで、触れる技術を存分に発揮してもらえれば、わたしの体は楽になる」と言えます。

 体に対して解釈すると同じく、心を解釈するものがあります。

 代表的なものは、フロイトの精神分析とライヒの性格分析です。

 この両者はクライエントの心を分析して「解釈」します。

 精神分析の分析対象はクライエントの言葉ですし、性格分析の分析対象はクライエントの行動パターンでした。

 両者ともに分析の結果、その言葉や行動の持つ「真の意味を解釈」します。

 一時期大変もてはやされました。

 アメリカ映画の中でカウンセラーが、クライエントを寝椅子に横たわらせて話を聞いているのは、精神分析の風景です。

 大変強力な道具になりましたが、「解釈」にはでカウンセラーの主観が入ってしまいます。

 これが「解釈」の弊害です。

 クライエントの言葉や行動の真の意味をカウンセラーのフィルターがゆがめるのです。


 精神分析、性格分析の「カウンセラーが解釈する」という欠点を除去するのには、2つの方法があります。

 一つは「解釈」をすべて放棄するものです。

 パールズのゲシュタルト療法、ロジャースのクライエント中心療法が典型的です。

 もうひとつは、カウンセラーが解釈するのではなく、「クライエント自身が解釈する」方法です。


 エリック・バーンの「交流分析」が、この方法をとりました。

 クライエント自身が何をしているのかを気づくための4つの分析方法を提示しています。

 「構造分析」「やりとり分析」「ゲーム分析」「脚本分析」の4つです。

 構造分析では、フロイトの深層心理学のエス、自我、超自我から性的なエネルギーの色合いを抜いて、P(親のような心)、A(理性的な成人の心)、C(こどものような感情的な心)の3つの心を仮定します。

 やりとり分析では、2人の間で、P,A,Cの3つの心のいずれが発信していずれで受信しているのか、その「やりとり」が上手にできていないのはなぜかを分析することを教えます。

 ゲーム分析では、時間を費やすだけで、結果的にはなにも変わらない「ゲーム」という交流の存在を示し、「ゲーム」をやめることができることを教えます。

 脚本分析は、ライヒの性格分析と相同です。
 
 あなたが違う行動をしたと思っているときでも、じつは同じパターンで行動しているかもしれないこと、そのパターンが苦しさの元かもしれないことを教えます。

 「交流分析」では、カウンセラーが解釈するのではなく、クライエントが自分自身を解釈します。

 「解釈」をして、誤解を与えるもの

 この下に赤文字で示すものを、わたしは信じていません。

 ただし、わたしの個人的な意見であることをお断りしておきます。

 ・ セラピューティク・タッチ

 アメリカのナースが、「これはよい」と思い飛びついたものです。

 わたしの理解する範囲では、「触らないでもエネルギー・フィールドが影響を与える」と解釈し、教えた点で現実と離れています。

 「触れないでも、『なにかをされた』と思わせると緊張が低下する」と言えば、納得できるのですが。

セラピューティク・タッチ


 ・ ホメオパシー(homeopathy, Homoeopathie)

 毒物を震盪・希釈して「働き」だけを残した水や、それを砂糖の粒にしみこませたもの(レメディ)を内服させて治療する方法です。

 同種療法と訳されます。

 対語として普通の西洋医学をしめす アロパシー Allopathie があります。

 西洋の漢方薬のようなものです。

 漢方薬と違うのは、有効成分の分子が含まれないほど、希釈されているものも有効といわれることです。

 震盪・希釈した水の中に有効成分の「働き」だけが残るというのです。

 水と有効成分の間の情報だけが水の中に残ると言います。

 この説明は、わたしの情報理論、システム理論の知識では理解不能な説明です。

 英国王室がホメオパシーを使っているとして宣伝に使われていました。

 しかし、2010年、House of Commons Science and Technology Committeeが「偽薬と同程度の価値しかなく国家がNational Health Serviceして支援するに値しない」と結論づけ保険適用は国ではなく地元のNHSと医師の判断に委ねられました。

 ドイツでは、一般に広く浸透していて、薬局にもホメオパシー専門と、アロパシー専門の2種類あります。

 ホメオパシーのカウンセリングについて公的健康保険の支給対象でしたが、2008年から外されました。

 アメリカでは健康食品の扱いです。

 

2010年8月24日、日本学術会議会長はホメオパシーに関して見解を発表しました。

 「科学的根拠は明確に否定されており、医療関係者が治療に用いることは厳に慎むべき行為であり、多くの方に是非御理解頂きたい。」

 「日本学術会議として、『ホメオパシーは効かない』というメッセージを伝えることが重要と考えた」

 翌8月25日、日本医師会会長と日本医学会会長は、ホメオパシーについて、以下のように発表しました。

 「日本学術会議の声明を支持し、全面賛同する」

 8月26日日本薬剤師会会長は、日本学術会議に賛同を表明しました。

 多くの科学者や医師は、「ホメオパシーは偽薬程度の効果しかない」と考えています。

 わたしもそのように考えています。

 「ホメオパシーが効いた」と主張する人がいます。

 たしかに、偽薬程度には効く可能性があります。

 でも、それ以上の薬効をうたったとたんに、事実から離れます。

 「希釈して分子が残らなくても機能が残る」という解釈は非科学的で、宗教にはなっても、科学、医学にはなりません。

 機能は物質の存在なくしてはありえないのです。



 ・ AK (Applied-Kinesiology アプライド-キネシオロジー)

 キネステティクを調べ始めたときに、検索でこれが出てきて混乱しました。

 キネシオロジー kinesiologyは運動学です。

 運動生理学、解剖学、神経生理学などがまとめられています。

 テーピングの商品名に、「キネシオ・・・」とついていたりします。

 kinesiology では、筋肉の緊張と神経の緊張状態の相関が解説されます。

 AKは「 kinesiology の応用だ」と主張します。

 kinesiology で使われる筋の緊張状態を測定します。

 しかし、その解釈の内容はずいぶんと違います。

 AKでは陰陽五行説が取り入れられたり、なんとかエネルギーというような物理学的なエネルギー以外のものにエネルギーの概念が取り入れられたりします。

 AKは、他の療法といっしょにされて、新しい療法を作り出したりするのに使われます。

 筋肉の緊張は、心の影響を受けますが、その緊張に「解釈」を与えすぎるのが難点です。

 ・ 英国式リフレクソロジー

 東京、札幌などで数回受けたことがあります。

 リフレクソロジーは、香港や台湾にあった足ツボ療法(経絡療法)がイギリスに伝わったものです。

 イギリスでは、ツボを「反射区」という言葉に代えました。

 イギリス人には東洋的な指圧では強すぎるので、刺激を弱くしました。

 「足の裏の反射区を押すと、そこに相応した内臓に変化が出る」と言います。

 イギリスの王室御用達だといいます。

 このリフレクソロジーを、イギリスで体験した人が日本に伝えました。

 しかし、日本人には刺激が弱すぎるので、足のユビの爪の角を押すような指圧の要素を入れました。

 逆戻りです。

 「英国式」と名前は付いていますが、実態は「日本式」または「台湾式」です。

 わたしが嫌いなのは、足浴で時間を取ることと、「解釈」が過ぎることです。

 足浴を長くすると、手技の時間を短くできます。

 これは施術者が楽になりまし、経営効率を上げます。

 足浴を20分にすると、40分で2人のクライエントを処理できます。

 手技ではなく、足浴を行なっていても料金は同じですから、経営効率がアップします。

 そして、解説にも時間を取ります。

 結局、足に取りかかっている時間は短くなります。

 そして、解説に、「ここの反射区をおすと腎臓の働きが良くなりますから、水をたくさん飲んでください。ここをご自分で押すとリンパの流れが良くなって免疫が改善されますよ」などというのです。

 そんなことは反射区でなくても、起こることなのです。

 体に触れれば、そこに対する意識が変化して動きに変化が出ます。

 そうすれば、リンパの流れは変わるでしょう。

 それが免疫を改善するかどうかはわかりませんが、理論的には多少変化するでしょう。

 反射区に関係なし。

 というわけで、わたしは「英国式リフレクソロジー」の解説、解釈が嫌いなのです。

 受付で買ったガラス製の爪ヤスリは愛用していますが。
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