つまり、私たちは、頭の中の雲のようなとらえどころのない自分の心を、「内言」という言葉にして、一部を切り出します。
ここでとらえどころのなかった自分の心が、自分に見えるものに縮小されます。
それをさらに「外言」として口に出したり、書いたりします。
人間は抽象的な思考をするには、「内言」を使わなければできません。これが「思考」の制約です。
「内言」が発生しなければ、抽象的思考はできないのです。
内言は外言そのものではありません。
目を閉じて昨日一日のできごとを思い出してください。
「朝、起きてご飯食べて、あれっ、何をしたんだろう?」と考えたとしましょう。
これらのことを考えるときに、すべてこのとおりの言葉を頭の中で話したでしょうか?
頭の中では話すときとまったく同じ「言葉」=外言にしていません。
しかし、たぶん話そうとすると話せるでしょう。
「内言」には「外言」と同じ構造と語彙が使われています。 |