ライヒの性格分析
キリストの殺害


「キリストの殺害」 
大平出版社

 ライヒは1950年代になり、"Murder of Christ キリストの殺害" と "Gesthemane" を書きました。

 それらの中にキリスト教に対するライヒの考え方が書かれています。

 ライヒは「キリスト教は、『キリストの教え』ではない」と言います。

 キリスト教の聖書は、キリスト自身が書いたものではありません。

 キリストの死んだ後に、キリストの行動や言動が書かれたものです。

 ライヒは、キリストは子供のように自由な人であったといいます。

 キリストは、貧民や泥棒や娼婦とも分け隔てなく、つきあいました。

 神の言葉を伝えるために、どこにでも行きました。

 汚れのない人ですから、どこで何をしようと、汚れないのです。

 キリスト自身は、人々にこうしなさい、ああしなさいとは言いません。

 道徳的な抑制はありませんでした。

 自分自身、当時のユダヤ教社会に対して、反社会的行動をしていたのです。

 まぶしいばかりに自由な人だったから、多くの人々がキリストの周りに集まったのだと言います。

 しかし、そのキリストをねたむ人々がいました。

 従来の道徳や習慣に縛られた人々は、自由な人をねたむのです。

 人々は、よってたかってキリストを非難し、殺すようにしました。

 キリストという人物も知らず、何を語るかも知らず、うわさ話や伝聞でだけ、キリストの人物を想像して非難したのです。

 その人々がキリストを殺しました。


 このように、事実を知りもせず、ただ思いこみだけで、感情を高ぶらせて、理性的な判断をできなくなることは、一つの病気のようです。

 この病気は伝染病のように広がります。

 ライヒは、これを "Emotional Plague 感情のペスト(伝染病)" と呼びました。

 大衆に、本来の自分のものではない感情が伝染していくのです。

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