それまでの心理学は、「心」というものを扱いました。
自分の心の中を見て、何が心の中で起こるかを記述する「内観」が主でした。
しかし、「心」は計量できないばかりか、自分にさえも良くわからないものだったのです。
それで、「計測不能なものは存在しない」と考える人が出て来ました。
これは「工学」の考え方です。
「工学」では、実験が必要です。実験するには測定しなければなりません。
測定可能なものだけが対象になります。工学的科学は測定可能なものだけが実在です。
行動主義理論では、心の存在は扱いません(それでも心理学です)。
どんな「刺激」により、どんな「行動」が起こったかを観察します。
ある「行動」が観察されたら、どんな「刺激」が原因として考えられるかを研究します。
行動主義では、「学習は行動の変容である」と考えます。
この行動主義による教育は、効果的でした。
心の中で起こることは考慮しませんから、とにかく試験の成績が上がるように教えればよいのです。
教育する側の望むように行動が変わるかどうかで、教育効果を判定します。
ですから、行動主義を採用すれば、教育の「効果」はすぐに判定可能になります。
効果がすぐに判定可能なら、改善も速いですから、「教育方法の改善」はすぐにできます。
ですから、「効果的」でした。
でも、このやり方は、教育効果改善のために、「人間という現実に存在するもの」の理解をねじ曲げているのかもしれません。