翌日、男はまた3時過ぎに浜に行った。今度は時計をポケットに入れていた。

 竜頭を押すと止まるようになっている懐中時計だった

 男は年老いた元漁師のところに行き、話しかけた。

 「昨日はありがとうございました。おかげで約束の電話に間に合いました」と嘘をついた。

 年老いた漁師は、「・・・」なにか言ったようだが聞こえなかった。

 男は「この辺の浜は岩ばかりで・・・」ととりとめもないことを語り続けた。

 語り続けなければ、年老いた漁師の意識は海の彼方に飛んでいきそうだった。

 しばらくして、男は「あっ、そろそろ行かなければ。ところで、今、何時頃でしょう」と聞いた。

 年老いた男は、目を細め遠くを見るようにして、考えているようだった。

 男は、ふと、「この漁師は風の音でも聞いているのか」と思った。

 「3時32分」

 ぼそっと答えが返ってきた。その瞬間、男はポケットの中のストップウォッチの竜頭を押した。

 「ありがとうございます」急いで岩浜を離れ、漁師の見えないところで、時計を見た。

 時計は、32分で止まっていた。

 男はそれから、毎日、浜に行き、年老いた男に時間を聞いた。

 毎回ストップウォッチを押し、確かめた。いつも正確で、1分とずれなかった。

 1週間後、男が漁師に時間を聞くと、漁師が答えた。

 「今日は、だめだ。わからねえ。」

 男は、びっくりして聞いた。

 「ど、どうして?いつもぴったり分かるのに、今日はだめなんです。風の声が聞こえないのですか?それとも、地磁気が狂っているとか、太陽のエネルギーが減っているとかですか?」

 年老いた男は、目を見開いて怒ったように言った。