「すみません、時計がないので、時間が分からないのです。時計を持っていらっしゃいますか?」
男は慇懃に聞いた。
年老いた男は、「俺は時計を持つのは、嫌いだ」と答え、遠くを見るように目を細めた。
時間を聞こうとした男は、ややひるんだようになり、「あっ、すみません」と言い、そこに立ったままになってしまった。
動けなくなったといった方が良かった。それほど、年老いた男の存在感は大きかった。
年老いた男は、細めた目を広げながら、その男の方にジロリと目を向け、「だが、時間なら、教えてやる。3時26分だ」と言った。
返事されると予想していなかった男は驚きながらも、ホッとした。
「こんなに威圧される男でも、いい加減なことを言うんだ」と、その人間らしさに、気分が落ち着いた。
礼を言って、浜を離れ旅館に向かった。旅館に着いて時計を見ると、4時ちょうどだった。
あれから30分くらい歩いた感じがしていたから、年老いた漁師の言った時間はまんざらはずれてもいなかった。
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