キネステティクとキネステティクスは,混同されやすい言葉です. 文字で見ると,「ス」がつくかどうかの違いだけです. 以下,敬称は略します. なぜ,こんなことになったかというと,創始者のフランクとレニーが,自分たちのつくった教育機関である「キネステティク」を「キネステティクス」に改称したからです. その理由をお教えしましょう. フランクとレニーは,「動きの言語化ツール」として6つの言葉を中心とする概念のかたまりを作りました.これを「キネステティク Kinaesthetik」と名付けました. そして,この6つの言葉を使って動きを分析できることを教育し始めました.この教育をする組織,会社をつくりました.Institute fuer Kinaesthetik(IfK)と名付けました.ここでキネステティクを教えるに当たって教育コースの名前をつけなければなりません.この教育コースの名前も「キネステティク」にしたのです. 正直に言って,これはよいことではありません.教育そのものと教育コースの名前を同じにしたら混乱が生じるからです.茶道を見てみましょう.茶道という教育を行う組織は,表千家流,裏千家流,小笠原流などの名前を持っています.「茶道」という教育と「裏千家」という教育機関と違う名前を持っています.ですから,「茶道を学んでいます」というと,お茶を通して人が生きていく上で大切なことを学んでいることがわかります.「裏千家を学んでいます」というと,名取りとか師範を目指しているのかなと思います.これを両方とも「茶道」とか「裏」とか呼んだら話の内容がわからなくなります. 教育そのものと教育機関・システム・コースは,意味するものが違いますから違う言葉をつけるのがわかりやすい方法です.言葉とは,あるもののシンボルですから,違うものに違う言葉を,同じものには同じ言葉をつけるのが本筋なのです. フランクとレニーは「動きの言語化」をしました.違う動きに違う名前をつけるという作業をしたのに,教育と教育システムを区別しなかったのです.これがトラブルを招きました. フランクとレニーは障害児に対する教育としてキネステティクを作りました.そのコースに看護師のスザンネ・シュミットが参加しました.そして,「これは看護に役立つ」と気づいたのです.スザンヌはIfKに入りました.そこでキネステティクを学び看護に生かしました.そして,「看護のためのキネステティク」という分野を作りました.スザンヌは事務局としてIfKに貢献しました.ドイツ語に不自由していたフランクたちを助けて,現在,「超訳」と称される「支援と学習のキネステティク」を口述筆記しました.フランクが英語で話し,スザンヌがドイツ語に訳しました. しかし,スザンヌはIfKを去りました. スザンヌが去った後に,体育の教師であったイナ・シトロンが参加しました.彼女はフランクたちの2冊目の本,邦訳「キネステティク健康増進と人の動き―そして、その介助への応用(絶版)」の口述筆記,ドイツ語訳をしました.しかし,本の原稿完成前にIfKをイナ・シトロンは去りました. イナ・シトロンはその後,キネステティクの教育機関「キネステティクとコミュニケーションのドイツ協会"Die Deutsche Gesellschaft fur Kinasthetik und Kommunikation"」を作り,会長をしています. イナ・シトロンが去った後,看護師のハイジ・B・ミスバッハがIfKに入りました.コースに参加して背中が楽になったのでキネステティクにとりつかれたのです.ミスバッハはウルム大学のICUにキネステティクの指導にいきました.そこで,キネステティクがとても有用なことを発見しました.そして,ミスバッハはIfKを去りました. ミスバッハは,Viv-Arteという会社を作りウルム大学ICUと協力してキネステティク教育を開始しました. フランクとレニーはIfKを発展的に解消し,「人間の発達のヨーロッパ研究所"European Institute for Human Development"EIHD」を作りました.経営や会計は自分たちの弟子に譲り自分たちはオーナーではなく,開発担当重役となりました.半分はアメリカで暮らし半分はドイツで教育しました.ところが,ある日,EIHDの幹部から「金庫がカラだ」と言われました.フランクとレニーは「EIHDを乗っ取られた」と言います.今度はフランクとレニーがEIHDを去りました. その後,2006年にはヨーロッパキネステティク協会(EKA)ができました.堂々と"Kinaesthetics"と表記して活動しています.ドイツ,オーストリア,スイスで広がっているようです. わたしが知っているだけでも,彼らは4回「裏切られた」と言います,他人は自分の思うとおりには動いてくれません.キネステティクで教えていることです. フランクとレニーは,マイエッタ・ハッチ研究所"Meietta Hatch Institute"を作り,自分たちの教育システムを"MH kinaesthetics"と称することにしました. 2002年から来日してキネステティクの名前で教育していました.わたしは日本にキネステティクを紹介するときに,当時のIfKのサイトで「キネステティクは登録商標である」との記述を見つけました.そこでフランクにメールで連絡して,「キネステティクを紹介するがキネステティクという言葉の使用に問題はないか」と質問しました.「かまわない.広がるといいね」と返事をもらいました.そのときからキネステティクは教育の内容を示す普通名詞として使われています. その後,上に述べたミスバッハもキネステティク プラスという名称で日本で教育を開始しました.MHIは「キネステティクという言葉が乱用されている」と考え,英語のスペルをドイツ語にして日本語読みにした「キネステティクス」をMHIの教育システムの商標として登録しました. こうして,キネステティクとキネステティクスという言葉が出回るようになりました. つまり,キネステティクは「キネステティクの教育の内容,6つの概念を用いて動きの言語化,分析,問題解決をすること」を指しています. キネステティクスは「MHIの教育システム,つまりリファレンスの動き,言葉を教えて練習,最後に統合の動きで確認,ベーシックコース,アドバンスコース,それぞれの教師養成コース,教師の教師養成コースというシステムにつけられた登録商標」です. これを理解していないと,混乱を来します.実際に,2014年に宮城大学から「キネステティクスは普通名詞のキネステティクと同じなので商標登録は無効だ」という訴えがありました. これは審判となり,2015年に「訴えは無効(つまりキネステティクスは登録商標である)」という審決が出ました.ここを見ると商標審決を読むことができます. この審決の本文のかなり終わりの方に以下のように書かれています. --------------------------------------- (2)商標法第3条第1項第3号について 上記(1)のとおり、本件商標を構成する「Kinaesthetics」及び「キネステティクス」は、「Kinasthetik」及び「キネステティク」とは異なるものであり、特定の役務について具体的に質等を認識させる標章ではなく、被請求人に係る理論及びそのセミナー等を表示する造語標章というのが相当である。 ---------------------------------------- そして,さらに終わり近くに以下のように書かれています. ---------------------------------------- 学術論文等においては、一般的な学術用語と位置付け得る「キネステティク」及び「Kinasthetik」(被請求人[註 NHI社]も「キネステティク」及び「Kinasthetik」が普通名詞として確立されている点については争っていない。)を用いて論文等を表現することが充分に可能であり、現に、甲号証の多数の論文等で当該表現が行われているところである。 ---------------------------------------- このことから,キネステティクスが登録商標であり,キネステティクが普通名詞であることが法的に裏打ちされました. ですから,キネステティクは,誰でも気兼ねすることなく使ってよい言葉で,キネステティクスはMHIの教育システムを示すために使う言葉です. 後日談 実はfKのサイトに書かれていた「キネステティクは登録商標である」というのは事実ではありませんでした.IfKからの離脱者があちこちでキネステティクの教育機関を作ったので「キネステティク」のロゴの利用をやめさせようとして,フランクとレニーは訴訟を起こしたのですが敗訴しました.ですから,「キネステティク」はドイツ語圏でも登録されていません.世界中で誰でも自由に使えます. 以上の理由で,フランクとレニーがケアプログレス・ジャパン(CPJ)と契約を破棄しても,キネステティクを学習した人が「キネステティクを教育する」と言うことは問題ありません.「キネステティク・クラシックを教える」ことも問題ないのです. 人の体の動き方をおしえること, 教えられたことを他の人に伝えることを止めることはできません.もし,「それは俺が教えたんだから,俺の許可なく他の人に教えるな」という人がいたら,その人は他の人を教育する資格がないでしょう.そんなことが認められたら,苦しんでいる人は楽に動くコツを知らないままに苦しみ続けることになります. ![]() |