実存的褥瘡対策

顛末

 2006年、日本褥瘡学会北海道地方会のパネルディスカッションで「マットレスの選択基準」の発表をしました。

 褥瘡対策委員会の副委員長で、当科の看護科長補佐の沼倉さんが作った「マットレスの選択基準」を発表に利用させてもらいました。

 利用だけしておいて、沼倉補佐の褥瘡対策委員会を手伝わないのは、なにやら悪い気がする。

 それで、病院長にお願いしました。

 「私に褥瘡対策委員長をさせてください」

 反省しました。

 その直後に、沼倉補佐は配置転換で他の病棟に勤務が代わり、褥瘡対策委員会の副委員長も替わってしまったのです。

 義理が無くなったのに、出しゃばってしまった!!!

 しかたない。

 というわけで、「現実に根ざした褥瘡対策」をすることにしました。

 「かくあるべし」という狂気の発言をせず、「今、ここ」を見据えて、今できることをもとにした褥瘡対策を進めることにしました。

 まず、その第一歩として、第一回の褥瘡委員会に「委員長の抱負」を書いて配布しました。

 このページは、その「抱負」の解説です(本人は実存主義的褥瘡対策と称しています)。


2006年度褥瘡対策委員会 委員長の抱負



1. 褥瘡対策委員はがんばらない!

 これが大切。

 褥瘡対策委員ががんばると、他のことがおろそかになるかもしれない。

 褥瘡対策は、枝葉の問題です。

 人間への治療やケアが提供されれば最低限の発生になるでしょう。


2. 褥瘡発生を0にしようとしない。

 「褥瘡発生ゼロを目指す」とうたうマットレス会社や医師がいます。

 しかし、そのような人々が目標を達成したという話は聞きません。

 今、日本の現実の中で目指せることは、「できる限り作らないようにする」ことです。

 「褥瘡発生ゼロ」という言葉があるということと、実際に可能であるということは全く違うことです。

 ここは、一般意味論の応用です。


3. 褥瘡発生の予測される症例には、患者・家族にその旨を話す。

 「亡くなったときにきれいな体で家族へお返しするのが、私たちの仕事です」というナースがいます。

 言葉は格好良いです。

 しかし、現実的ではありません。

 亡くなる患者さんは心機能、肝機能、呼吸機能などが落ちていきます。

 皮膚の機能も落ちていきます。

 それが亡くなるときの現実です。

 主治医が「・・・の機能が落ちてきていますから、亡くなることがあります」と、予測を述べたときには、ケアする人は、今ここで皮膚に起こっていることを説明しなければなりません。

 「心臓(肝臓、肺など)と同じように、皮膚の機能も落ちてきています。

 できるだけ、皮膚が傷つかないようにケアします。

 しかし、それでも心臓と同じように衰えていく皮膚の機能を完全に補えないことがあるのです。」


 と、説明することが必要です。

 これは医師が話してもナースが話しても良いです。


 ナースの行なうインフォームド・コンセプトかもしれません。


4. 褥瘡を発生させたくなければ、「動き」を手伝うことです。

 「動き」は「本人が動く」か「マットレスが動く」ことです。

 もし、「本人が動く」ことを手伝うことで対処できなければ、「マットレスを動かす」ことになります。

 ただし、動くマットレスを使うときは本人が動くかなくなることを覚悟し、本人、家族にも説明する必要があります。

 もし、現在、病院が所有しているマットレスが、このような患者さんの需要を満たさないと、委員会が判断した場合は、病院管理者にマットレスの購入の必要性を報告します。

 委員長としては、今年度の褥瘡対策委員会には、「本人が動く」ことの支援技術、方法の学習を提供したいと思います。


5. 褥瘡の治療は発生予防対策と同じです。

 創傷治癒のプロセスを障害しない環境を提供すれば、その患者さんの持っている能力に応じて治癒します。

 どんな薬や材料を使っても、創傷治癒を早めることはできません!

 全身状態が創傷治癒を許さない患者さんには悪化させないように努めます。

 上記のことは患者・家族に説明する必要があります。


6. 褥瘡の治療についての湿潤環境を重視する考え方は、広く浸透してきたようです。

 院内教育としても進めていきます。


7. 褥瘡委員会の役割は、褥瘡の発生予防、治療、ケアではありません。

 予防、治療、ケアは担当部署のスタッフ、主治医の行う業務です。

 褥瘡対策委員会はスタッフが行う業務についてアドバイスや有用と思われる情報の提供に努めます。


8. 情報や学習の提供、学習実現の手段として講演会と、いわゆる褥瘡回診を行います。

 褥瘡回診は直接、褥瘡を治療する場ではありません。

 スタッフのケアに対して、フィードバックを与える場です。


9. 褥瘡回診では、日常業務としての褥瘡ケアを見せてもらい、改善の可能性がある場合、その方法などを示唆します。

 日常のケアを否定することはありません。

 スタッフが責任を持って行動することを推奨します。

 もし、うまくいかないことがあれば、アドバイスできます。


10. 褥瘡回診は2週間に1回を予定します。

 患者の状況により、回数を増すこともあります。

 しかし、原則的に褥瘡はスタッフの基礎知識と経験と技能により解決できることが多くあります。

 困ったときに、臨時で行なえば、定期回診は2週間に一回でよいでしょう。


11. 褥瘡回診はV度以上の褥瘡に必須とします。

 V度でもスタッフが困らなければ、本来、回診は不要です。

 ただし、対外的に「やっています」と言うために、原則的にV度以上を回診します。
 
 U度の褥瘡も当面は対象としますが、将来はスタッフがケアに疑問を持ったときに、求めに応じ回診することとします。


12. 褥瘡のケアの記録には写真が必要です。

 10ページの看護記録より、一枚の写真の方が有効です。

 褥瘡回診では写真による記録をします。

 将来的には看護記録として写真を用いるようにしてほしいと思います。

 写真を用いたい病棟があれば、委員会として病院にデジタルカメラ、プリンタの購入を求めます。

 追記 第一回褥瘡対策委員会の後に、病院長にお話ししたところ、プリンタを購入することが決定しました。

 カメラは当病棟にあるカメラを借りに来るか、私物を使います。

 日常記録としてのプリントは看護記録に貼ることになるでしょう。

 物差しを入れて写真を撮れば、大きさの計測も細かい描写記述も不要です


13. 褥瘡対策委員会の実現可能なゴールは、「スタッフの意識向上による褥瘡の早期発見」です。

 発生は減らなくとも、U度までで発見されれば、対策は容易であり、治癒は3週以内です。

 従来の学会発表をみるとわかります。

 褥瘡回診をしても褥瘡は極端に減りませんし、治癒率も向上しません。

 ただし、早期発見されるので、重症例は減ります。

 心不全、呼吸不全の伴う人が多ければ、褥瘡はできるのです。

 それを覚悟してU度までで見つけるようにすると、「改善できる褥瘡」のうちに対処できます。

 重傷者に褥瘡が絶対にできないようにケアすることに時間をとられて、他の人のケアがおろそかになって良いことはありません。

 今の日本の病院の実態を認めたら、「作らないこと」ではなく、「できたら早く見つけること」を目標にする方が知恵のあるやり方です。


14. 褥瘡対策委員会にできないことは、褥瘡の治癒率の向上です。

 これは患者の全身状態の改善が必要ですし、いわゆる「絶対安静」への対策が必要です。

 委員会の能力を超えています。

 しかし、治癒率が向上することは望ましいことです。


15. 委員長の希望は、褥瘡対策委員会の消失です。

 スタッフの能力が高まり、褥瘡ケア、治療が糖尿病並みに一般的になれば、褥瘡対策委員会の存在理由はなくなるからです。

 当面は、5年後にNSTに吸収されることを目標とします。

 ただし、これには院長も副院長も難色を示しています。


 従来の考えからみると、腰砕けの根性なしのような「抱負」です。

 でも、「現実」をみたら、これが「まともな考え方」だと思います。

 実は15のところが一番大切です。

 今の病院の中は、職員より委員会が多いのではないかと思うくらいに、「・・・委員会」が多い。

 こんなことでは、会議に時間をとられて、仕事する時間がなくなります。

 また、基礎看護が充実すれば、避けられない褥瘡だけになるはずですから、「褥瘡対策委員会」は必要悪です。

 「対策委員会消失」を目指さない対策委員会は、目的を理解していないのかもしれません。


 ここの「抱負」には、「心理療法」や「学習と理論」のところで紹介したいろいろな人の考え方が応用されています。

 1から15まで読みながら、どこにどんな「心理学」や「理論」が隠れているのかを探るのも学習になるでしょう。

 しかし、問題はこれを実践することです。

 というわけで、実践しなければならない。

 4月末に褥瘡対策委員だけにキネステティクを含めた体験セミナー、5月に創傷治癒についての院内講演会、6月に各病棟スタッフ代表にマットレスと体位変換についての体験セミナー、7月に企業ETに依頼して創傷ケアのセミナー、8月から10月の間に外部講師のドクターによる褥瘡の治療についてのセミナーを企画しました。

 さて、今後どうなるか?

 予想しない結果がでても平気です。

 経過に合わせて、だんだんと変えていけばよいのです。