セラピューティク・タッチ
Therapeutic Touch

 わたしは、この「治療法」を信じていません。

 セラピューティク・タッチ(Therapeutic Touch,T.T.)は、1972年に、ニューヨーク大学の看護学部教授であったドロレス・クリーガーと、自然療法家のドーラ・クンツによって考案されました(資料 1)。

 人間には生命エネルギーの流れるエネルギー・フィールド(Human Energy Field:HEF)があり、その中のエネルギーの流れが滞ると、病気になると言います。

 そして、トレーニングを受けて、感受性を高めた治療者は、そのエネルギーを手で感じて流れを変えることで、病気を治癒の方向に持っていけると言うのです。

 このエネルギーは体に触れずに感じることができます。

 患者に直接触れる必要はなく、患者の体の上の、エネルギーの滞っているところで手を動かすだけで流れを変えられると言います。

 セラピーティク・タッチと名前には、「タッチ」がついていますが、実際のタッチは必須ではありません

 日本にも古くからある「手かざし」とよく似ています。

 10万人以上が、このT.T.のトレーニングを受け、少なくとも43000人の医療者が実践しているといいます(資料3)。

 アメリカを含め、65ヶ国で教育され、アメリカ国内の80大学で教育されています(資料 6)。

 1994年には、アラバマ大学の熱傷センターに対して、T.T.の治療効果の研究のために35万ドルが国防省から支給されています(資料 5,6)。


 1998年のJournal of American Medical Association(JAMA アメリカ医学界雑誌)に、「セラピューティク・タッチの詳細な観察」という論文が載りました。

 この投稿者、リンダ・ローサの9歳の娘であるエミリーが、学校の研究発表のために、T.T.のヒーラー(治療者)に頼んで、2年間かけて実験をしました。

 実験に協力したヒーラーは21人で、1年から27年の経験があります。

 ヒーラーの前にダンボールでついたてを作り、ヒーラーの両手をついたての下から出してもらいます。

 その上でヒーラーの一方の手の上空にエミリーが手をかざし、ヒーラーのどちらの手の上に「エネルギーフィールド」を感じるかを言ってもらいます。

 もし、エネルギー・フィールドを感じるという発言が事実を表しているのなら、正答率は100%でしょう。

 でたらめなら50%くらいになります。

 結果は、123/280=44%でした。

 この論文は、アメリカ中に反響を及ぼしました。

 それまではT.T.をナースの仕事として教育していた病院でも、T.T.を看護の仕事から切り離し、患者の希望がある時だけ、宗教職の人を紹介するというように、消極的になったところもあります(資料 7)。



 セラピューティク・タッチは、「エネルギー・フィールドという存在を証明できないものが存在する」と言ったときから誤りました。

 もし、「患者はナースが手を触れるだけで緊張が低下し安心する」と言うのなら、誰も異を唱えないでしょう。

 しかし、これが「治療効果がある」というと、その証明を求められます。

 「治療効果」と「緊張の低下」は違うものだからです。

 ましてや、証明できない「エネルギー・フィールド」を、効果の理由にしては、効果の証明は無理です。

 実は、上の実験は、「実験に協力したヒーラーには、自分で言うほどの能力がない」ことを証明しただけです。

 エネルギー・フィールドが存在しないことについては、何も証明していません。

 T.T.を全面否定するには不十分です(資料 4)。


 しかし、T.T.が治療になるという証拠もないのです。

 体温も感じず、接触もしないで、自分の存在を感じさせることなしでは、患者に「感覚刺激」が行きませんから、「緊張を低下」させることはできません。

 私には、そんなことはできません。

 ですから、T.T.を支持することはできません。

 人間を誤解した治療だと思います。

 「癒したい」という考えが、判断を曇らせているのでしょう。

 これが「治療法」として、アメリカの看護界で広められてきていたというのが、驚きです。

 それが、先進国といわれるアメリカの医療の一端であることを、日本の医療界では知られていないのです。

 そして、そのアメリカを日本は追いかけています。

 不思議な話です。
 


 ベイトソンは「世界は、物質の世界と情報の世界の2つがある」と言いました。

 そして、「情報は『違いの分かる違い』である」と言いました。

 情報は、物質またはエネルギーの変化として、生体に入ってきます。

 手をかざしたことが、熱、力、光、音、味などの物理的化学的エネルギーの変化として、生体にはいってこなければ、情報になりません。


 この点で、T.T.が何らかの情報を伝えられるとは思えないのです。

 T.T.は「臨床看護」2005/3月号の特集「臨床に生かす保管・代替医療」で紹介されています(文面からは積極的に支持していないと思います)。
 


1) Nurse Healers Professional Associates International
(T.T.専門看護師の国際団体)

2) JAMAに掲載された批判論文(JAMA. 1998 Apr 1;279(13):1005-10.抄録)

3) JAMAに掲載された批判論文(内容の解説)

4) JAMAの掲載された批判論文の不備について

5) Skeptic's Dictionaryより

6) About Alternative Religions

7) Fighting Quackery in Oregon