アリストテレス

  ここには、いろいろなことが書かれますが、読み流してください。

 完全に理解することはありません。

 しかし、アリストテレスという人は、あまりにも大きな影 響を現代社会に与えているので、その人の考えたことを、すこしでも紹介してみたいのです。

 ここに書いたアリストテレスの考え方は、「歴史的な価値」があります。

 「思考の迷路」です。

 受け入れようとしてはいけません。

 歴史的な思考の迷路があっ たことを知っておくことでよいと思います。

4-1 イデア論批判


 哲人プラトンも死にました。


 アリストテレス
は アカデイアで20 年間過ごしていました。

 一番弟子とみられていましたが、プラトンは自分の死後のアカデイアの学頭に甥のスペウシッポスを指名しました。

 現在、スペウシッポスの業績については断片しか残っていません。

 間接的に知るしかありません。

 したがって、現代への影響は、アリストテレスほどではありません。

 アリストテレスはアカデイアに残ってスペウシッポスの元で学ぶことはしませんでした。

 アリストテレスはアカデイアをでて、12年後にマケドニア支配となったアテナイに 学園リュケイオンを作りました。

 アリストテレスはスペウシッポスが引き継いでいたプラトンの
「イデア論」を批判します

 イデアは存在しないというのです。

 スペウシッポスが引き継いだイデア論では、すべてのものにイデアが存在することになっていましたから、美のイデアが存在すれば、醜のイデ アも存在するわけです。

 美しいものの本質として美のイデアが存在し、それが美しいものに共通に存在するのなら、醜いものには共通に醜のイデアが存在するこ とになります。

 しかし、醜いことは「美しくない」ことですから、醜いものには美のイデアがないことを示しています。

 醜のイデアが存在することと、すべての ものに美のイデアが存在することは矛盾することになります。

 アリストテレスは、「
すべてのものにイデアが存在することと、対立する概念があるということは矛盾する」と言ってイデア論 を批判しました

 ここを理解しようとしてはいけません。

 認識論で否定しますから。