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ここには、重大なポイントがあります。
一般意味論のところで、「内側」の世界」と「外側の世界」が「感覚」で交信していることを示しました。
第1種の過誤、第2種の過誤は、本質的に「『外側の世界』が、『内側の世界』と違うと感じられるときには、どこに『違い』があるのか」という問題と同じなのです。
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人間は「認識の誤り」と
「感覚の誤り」を区別できません |
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人間における第1種の過誤は、「感覚」が違っているときです。
第2種の過誤は「認識」が違っているときです。
人間はこの2種類の過誤のどちらが起こっているかは、「今、ここで」はわかりません。
ですから、「今、ここで」を積み重ねていって、後から判定せざるを得ません。
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科学は「実験方法の誤り」と
「理論の誤り」を区別できません |
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科学にとっての「感覚」は実験です。
「内側の世界」で作られた「理論」という内言の塊を「外側の世界」にぶつけるということをくり返していって、あとから判定できます。
科学は「理論の誤り」と「実験方法」の誤りを区別できないのです。
考えたみたら、「それが科学か否か」は人間が判定しています。
ですから、人間の持っている第1種の過誤と第2種の過誤も、科学からなくすことはできないのです。 |
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