自分から声をかけて、知らんぷりもできず、男は話をつなげた。

 「このあたりには、なにか名物がありますか?」

 とっさに出た質問であったが、老婆は適切な答えをくれた。

 この年代にありがちな、よけいなことだけ話して、回りくどいということなしに、言葉を選びながら、相手の反応を見る話し方に、男はびっくりした。

 話の内容にも引かれ、つい話し込んでしまった。

 気がつくと、男は老婆の横に座って、海を見ながら、いろいろなことを話していた。

 自分の今までの人生、考え方、周囲の人間の無理解、自らを苦しめる自分の欲求、とくに海鳥のような旅の目的となつた「自分探し」について話した。

 老婆は、じっと聞いていたと思うと、的確なタイミングでそれについての自分の考え方を話した。

 男はその老婆の知識の深さに驚いた。

 アリストテレス、ルネ・デカルト、コージブスキー、ベイトソン、カール・ロジャース、ノーバート・ウィナー、エリス、パールズ、ヴィゴツキーまで出てきたときには、男は聞かずにいられなかった。

 「ど、どうしてあなたは、そんなことを知っているのです?どうして、こんな田舎の漁村で、そんなことを勉強できたのですか?」

 老婆は、あきれたように男を見て言った。