ロボット工学の有用性

 2012/3月、箕面市で「アウェアネス介助論刊行記念」の講演会を行いました。

 多くの人々が集まって、話を聞いてくれました。

 講演が終わった後、最前列に座っていた方が近寄ってきてお話ししました。

 「わたしはロボット工学を研究しています。」

 「うわっ、叱られるかな」と思いました。

 わたしは講演の中で、ロボットについても話しましたし、「人間のほうがすばらしい」と主張していたからです。

 でも、叱られずに、「見てほしいものがあります」と言って、鞄から小さなロボットを出しました。

 そして、「ロボットに人の動きを真似させるために、人の動きを調べても、詳しくは分からなかった、『秘密の小窓』を読み、自分で動いて試して、理解を深めた。アウェアネス介助論を購入して読んでいる。このロボットの動きをみて感想を聞かせてほしい」と言われました。

 産業技術短期大学の二井見博文教授でした。

 わたしの主張するくの字の動きと胸腰椎移行部のひねりで動きいていました。

 すばらしい。


 人はほ乳類という動物です。

 ほ乳類の祖先をたどると、単弓類、両生類、魚類、無顎類となります。

 無顎類の子孫はヤツメウナギやヌタウナギです。

 ウナギという名前は付いていますが、ウナギのような胸鰭は持っていません。

 魚よりも原始的と見なされます。

 この無顎類の先祖をたどると、ナメクジウオを代表とする原索動物になります。

 原索動物は、体の中心に脊索という軸を持ちます。

 この軸の左右に筋肉があります。

 この左右の筋肉の収縮により、脊索を左右に曲げる「くの字の動き」を行います。

 「くの字の動き」で泳ぐことができ、前進します。

 左右の筋肉の上下の収縮が微妙に違うと体がひねられます。
 
 ひねられたまま、前進すると上下に泳げます。

 このようにして、原索動物は「くの字の動き」と「ひねり」により水中を望む方向に、それ以前の動物より速く移動できるようになりました。

 ここの詳しい説明は、「アウェアネス介助論上巻」483ページから後を呼んでください。

 現在の進化論が理解できるかも知れません。


 動物は「くの字の動き」と「ひねり」を得たために、世界中に広がっていき、生活圏を広げることができました。

 動物の生きる基本となる動きは、体幹の「くの字の動き」と「ひねり」です。

 二井見教授の見せてくださったロボットは、そのような動きをつかって移動していました。

 右の写真を右クリックして、「リンク先をダウンロード」してから、ムービーをごらんください。

 足を見てください。浮いているでしょ。

 ベッド上の頭側への動きの原動力は、まさしく「くの字の動き」と胸腰椎移行部の「ひねり」です。


 赤ん坊の初期はこのようにしてずります。


 そして、成長して下肢が強くなると足を踏んで骨盤の動きをてつだっています。  

 介助する時は、体幹の「くの字の動き」、「ひねり」をてつだいます。  

 体幹の動きをてつだう手段として体幹より末梢の「肩甲骨の動き」と「下肢の動き」をてつだいます(「アウェアネス介助論」下巻1296ページ以降の24章を参照してください)。



 二井見教授の論文には、ロボットの開発のプロセスが書かれています

 その中で、肩の構造の進化を解説しています。

 ここに論文のPDFファイルがあります。

 多くのおもちゃは肩関節だけで、上肢を動かしています。

 このロボットもはじめはそのような構造でした。

 しかし、人間の動きをまねようとするうちに、肩関節(解剖学では肩甲上腕関節)だけでは、うまくできずに、体幹と上腕の間にもう一つのユニットを組み入れています(SANDY-1からSANDY-2への進化)。

 ヒトでは鎖骨と肩甲骨に相当する部分です。

 そのようにして、背ばいが上手にできるようになっています。

 ここに載せたムービーのロボットは、手を空中に伸ばしています。

 それは、肩甲骨で地上を這っているからです。


 ヒトは肩甲骨と骨盤を接地させたり浮かせたりして背ばいします。

 このロボットも同じ動きをするようになりました。

 ロボット工学の役割の一つは、「ヒトの動きのシミュレーションにより、人の動きに付いての理解を深めること」だと、わたしは思っています。

 けっして、逆ではなりません。

 多くの看護学者や工学者は、「力学的には、このポジションにすると応力がすくない」とか「この動き方が構造的に無理が少ない」とか、「エネルギーが最小になる」と言い、知識を先行させて、正当性を主張します。

 しかし、理論は現実の絞りかすです(「アウェアネス介助論」のまえがき参照)。

 自分でできない動きを机上で計算したり、ロボットにやらせて正当性を主張する工学者や看護学者は地に足が付いていません。

 力任せの介助しかしない看護学者と、自分自身がゆっくりと楽に動くことのできない工学者が、介助ロボットを作ったりしたら、とんでもないものができるでしょう。

 科学とは実践での感覚から得られた気づきをもとにして、思考し、仮説を立て、実践で検証し、仮説に修正を加えるというプロセスです(「アウェアネス介助論」のまえがき参照)。

 自分の体で体験し、自分の体で感じた動きをロボットに移して、その動きの妥当性を検証すると、ロボット工学はとても役立つでしょう。

 今後、ロボット工学により、人の動きに対する理解が深まっていくことが期待されます。